債務整理コラム
債務整理のケース「余計なことは……」(2)
自宅の扉を背に、蒼白な顔面から脂汗を滴らせているKさんと、Kさんの眼と鼻の先で、薄い紫色の度つきレンズ越しに彼の顔を睨(ね)めつけている借金取りの姿。その双方を私は見つめていました。
「潰せない会社」と言うものはあくまでも私の仮説に過ぎません。またKさんも初めのうちは「お金などない」と言い張っていたのかもしれません。しかし高利貸しもしくは借金取りと言う仕事は、極論すれば借り手をいかに追い詰めるかが仕事です。そのような相手にごく普通の人が太刀打ちできるものではありません。そして人間は追い詰められるとついぽろっと本音を話してしまいます。この結果、Kさんとしては「あるけれど(払え)ない」と言う本心を漏らしてしまったのかもしれません。
「そうなんです。そう言った途端、サラ金業者が仲間を呼んだんです」と娘さんが言いました。「でも、駆けつけてきた人たちの名刺みたら別の会社なんですよね」
私は頷きました。多重債務に陥った際、内々で関連しているサラ金業者を紹介することは珍しくありません。A社に返済ができなくなった場合、A社は関連しているB社を紹介し、そこからお金を借りさせると言った具合です。ただし、そのような会社はいわゆる闇金であることがほとんど。あまりまっとうな会社とは言えないでしょう。当所では闇金を相手にした債務整理もご提案しておりますが、いずれにせよ、今回の依頼主は娘さんです。娘さんの方からKさんを説得してもらえない限り、当方としては手のだしようがありません。
「ここまでお話してもだめなんですかね」
それまで衆人の輪から少し離れた位置でKさんの様子を見つめていたサラ金が、不意にKさんに向かって声を投げました。鼻の下に細い口ひげを蓄え、白に近い灰色のスーツを着た彼は、そうしてこのように言葉を接(は)ぎました。
「もしどうしてもお支払いできないなら、保証人の方にご請求しますけどね」
途端、Kさんが大きく目を見開きました。極限状況に陥った人間の表情と言うものには独特の凄まじさがあります。理性を超えた激しい絶望感が言葉に拠らずに私にも伝わってきました。
「だめだ!」
周りのやじうまたちの姿などまるで目に入らないからのように大声で叫んだKさんのその視線の先には娘さんの姿がありました。
「連帯保証人なんですか?」
私は娘さんの耳元でそっと小声で尋ねました。
「ええ……」
娘さんは曖昧に頷きます。その合間に踵を返した借金取りたちがこちらへと歩んで来ていました。
「Kさんの娘さんですね。連帯保証人として支払いを……」
「払う必要ない! そんなやつらに一円も払う必要ないぞ」
遠くからKさんが叫びました。すると、
「じゃかましい! 金も返せねえクズがでしゃばるんじゃねえ!」
忍耐の限界に来たのか、Kさんの傍らに立っていた色つき眼鏡のサラ金が、鼓膜も裂けるかのような大声でKさんを恫喝し始めたのです。しかし一連の流れを見ている分、警察も介入しにくいのか、嫌そうな顔で「まあまあ……」と2人の間を取り持つのが関の山です。
結局のところ、義を見てせざるはの言葉に従い、私は娘さんを背中に隠し、債権業者との交渉にあたることにいたしました。とは言え、彼らも私の襟のバッジにすぐに気づき、嫌々ながらもこちらの名刺を受け取ると言ったかたちで話はすぐに収まったのです。
事態が収束すると見るや、Kさんはすぐにアパートに戻ってしまいました。
傍目に見るとここで「一件落着」なのでしょうが、私にとってはここからがスタート地点でした。多重債務の場合、債務者が小手先で余計なことをすればするほどに泥沼に沈んでゆきます。ですので何よりも大切なことは「素直」に現状を話すことです。
ところがここからが厄介だったのです。