債務整理コラム

債務整理のケース「余計なことは……」(1)

前回のコラムでは「借金取りが来た場合には、余計なことをせず、とかく素直であることが大事」だとお話いたしました。借金を認め、見栄を張らず、借金取りに対しても現状をきちんと伝えて「返せないものは返せない」と述べることが何よりも大事なのです。今回はその逆のケースです。

数年ほど前に当所に緊急の電話がありました。債務者の御氏名は「Kさん」としておきましょう。ただし依頼のお電話をしてきたのはこのKさんの娘さんでした。

「借金取りが何人も来ていてどうすれば良いのか分からない」との娘さんの言葉で私は現場に駆けつけたのですが、実際に着いてみるとKさんのお住まいのアパートには数人の借金取りの他に、警察やらやじうまやらでごった返す始末でした。

人垣をかきわけて前に出てみると、顔が触れ合わんばかりに睨みつけている借金取りの姿。押し殺したように凄みの効いた、しかし警察の前だからか、ひどく丁寧な口調で「お金を借りましたよね?」と繰り返し述べています。
「で、お金はあると今言いましたよね?」借金取りは言葉を続けます。
「ある」Kさんは渋い顔で返事をします。「あるけど、ないんだよ」
「話をそらさないでくださいよ」借金取りが言葉を重ねます。「意味がわかりませんよ。あるんなら返せますよね?」
「だめだ。それはだめなんだ」
 そんな問答を繰り返している傍らで警察は所在無げに立っていました。

Kさんの娘さんは私を見つけると一言二言早口で挨拶を交わし、事情を私に述べました。「災難でしたね」と私も応じ返します。こちらとしてもまったく状況が把握できない上、何よりも当所にとっての依頼者はKさんの娘さんです。私としてもまずは彼女の言葉に耳を傾けねば何もすることができませんでした。

娘さんいわく、Kさんは町工場の社長さんとのことでした。工場は既に多重債務に陥っており、にっちもさっちも行かないと言う状況とのこと。かくいう娘さんはまだ二十代。高校を卒業して公務員をやっていましたが、生活は実家暮らし。職場から戻ってきたところ、借金取りが来ていたため、とっさに警察を呼んだとのことでした。
「でも、そのせいで大騒ぎになっちゃって……」と娘さんはうつむきました。

私の経験上、このようなときに債務整理業者ではなく、警察を呼ぶと言う判断は間違いです。いかにガラの悪い借金取りと言えども、きちんとした法律に則って債権の回収を行なっている以上、それは合法です。たしかに凶悪な犯罪に対して公権力は絶大な力を発揮しますが、かたやサラ金も踏み越えてはならない一線は熟知しています。このため、警察も困り切った顔でサラ金業者たちの傍らに立っている他はなかったのです。それどころか余計なことをしたばかりにパトカーまでやってきてしまい、それにつられてやじうまもぞろぞろ。結果的に世間体が悪くなる結果となってしまいました。

「しかしすごい人数ですね」4人のサラ金がKさんを同時に囲んでいる姿を見て私は言いました。「本日はお父様に何か臨時のご収入でもあったのですか?」

娘さんは首を横に振ります。自分で述べながらも、さもありなんと私も思いました。借金取りが大勢来るときと言うのは大抵は不渡りを出した直後です。まれに大きな金額の手形が割られたすぐ後などもありますが、いずれにせよ、倒産の明確な徴候を見せた直後と言うことにはかわりありません。

「いえ、そういうわけではないですし……」となぜか娘さんはうつむきます。「それに元々は借金取りは一人だったんですけど……」

私は眉根を寄せました。娘さんのおっしゃっていることの意味がわかりません。私は娘さんに先を促しつつ、ふと借金取りとKさんのやりとりに目を向けました。
「あるんでしょ? あんた! 金!」Kさんに向かってサラ金業者が叫びます。
「いや、あるよ! あるある! でも違うんだ。これはだめな金なんだ」
 扉を背にしてKさんが返事をします。
「なにがだめなんだよ? あるんでしょ? そして借りたんですよね?」
「いや、あるんだけど、でも……」
 先ほどからこの言い訳だけを述べ続けているKさんを遠目に眺めているうちに、私はふと一つの仮説に行き当たりました。

世の中には「潰せない会社」と言うものが存在します。これはけして社会のため、取引先のため、従業員のためと言ったようなプラスの側面を帯びません。中小企業と言うものは大抵は経営者と一蓮托生。そして詳細は伏せますが、このような「潰せない会社」とは帳簿を見たら中身はめちゃくちゃ。株式会社として上場しているのでしたら特別背任で手が後ろに回るようなケースも珍しくはないのです。このような場合には大抵は倒産できないため、休眠扱いにして処理を先送りにすると言うかたちになります。余談ですが「休眠会社を買うとお化けがついてくる」とはこのようなことを指しているのです。

そして、この後事態はさらに泥沼へと入ってゆくのです。

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